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2011年02月 アーカイブ

千葉の土地 3

田圃の中に簡単な埋め立てをして、現在もあちらこちらでみられるような小さな建売住宅用地を次から次とつくっていきました。


値段が安いので売れていました。


ところが50年以降はまったく買い手がなくなって、売れなくなりました。


それでこの建設会社は資金繰りが悪くなって、それが原因になって破産したのです。


大手の建設会社や不動産会社も昭和40年代の列島改造論ブームにのって手当り次第に土地を買っていましたが、列島改造論ブームの後始末やオイルショック後の地価の停滞のために大変な苦労をしました。


50年代初期は土地を買う人がいなくなっていたのです。


千葉県企業庁もその動向に巻きこまれてしまいました。


千葉県企業庁が苦しんだ大きな原因の一つに千葉ニュータウンがあります。


昭和45年頃、列島改造論ブームの前から印旛沼の近くに、多摩ニュータウンのむこうをはって人口が30万人以上という千葉ニュータウンを計画し、その用地取得を始めていました。


そして千葉ニュータウンを貫通して、成田空港から東京まで新幹線を走らせようとしたのです。


そうすると東京から成田空港まで30分くらいで行けるのです。

千葉の土地 4

その間のニュータウンですから、新幹線が走れば、東京まで1時間くらいで通勤できる住宅地になると考えたのです。


・・・ところが国鉄も新幹線はつくらないし、京成電車との兼ね合いもあって、運輸省もその鉄道建設のあと押しをしませんでした。


鉄道がつくれなければニュータウンは成立しません。


住宅公団も始めの頃には土地を買うことを渋っていました。


団地をつくってもお客さんが入りません。


それでそこの投資がまったく回収できなくて、苦境に陥ったのです。


企業庁はいってみれば自治体の不動産会社のような組織です。


資金は自前でやりくりしなければなりません。


金融機関から借りた資金の元利返済のためには、どこかを売らなければなりません。


そのためにいくつかの土地を安い値段で売りに出したのです。


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