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2010年11月 アーカイブ

働く女性たち

派遣 千葉で働く女性たちのなかには、男性側の独断・偏見に困らされている方も多いでしょう。


しかし、そうしたビジネスの世界の状況につき、いちいち腹を立てないことです。


わたしの尊敬するあるキャリアウーマンは、後輩の女性たちへのアドバイスとしても、「無理に肩に力を入れず、また過剰な女性意識も持たず、自然に生きなさい」と語っていました。


別な女性課長ですが、当時、「ビジネスの世界で、女性であることのマイナス要素」を次のように語ってくれた人もいます。


「女性管理職は、根回しが下手だなどといわれるけど、無理もないと思うの。


だって男性社員は、たくさんの先輩がおり、仕事のなかでも、あるいは酒の席なんかでも、いろいろと社内を動かすノウハウを教え伝えられているけど、私たち女性の場合は、女性の先輩がゼロか、いてもごくわずかで、教え伝えられていないわけ。


だから管理職になったら、公式の職務だけでなく、テキストに出てこないノウハウなどを、男性の仲間から学びとらなければ、不十分なのね」


このあたりに、現時点における「キャリアウーマン」論、ひいては「女性」論、あるいは対照としての「男性」論を深めるための大きなカギがあると思います。


論議の方法としていってみれば、「男女の本質的な差異」に注目するアプローチではなく、徳川時代このかたの「男女の社会的なトレーニングと、その歴史的な蓄積の差異」に注目するアプローチが、そのカギでしょう。

日本上陸の第一歩

昔、安禄山という人がいました。


この人物は幼にして狡く、かつ天才といわれ、玄宗の寵を得て、貿易官から節度使に進み、やがて北方で大勢力を張りました。


755年には長安を陥れたので、玄宗は宮中を逃げ出すことにもなり、華北を戦乱の地と化せしめ、彼自身も息子に殺される(757年)にいたっています。


ここで話は沖縄ツアーで人気のある沖縄にうつります。


こんな風に遣唐使が往来した時代には、この南島沖縄に漂着する例が珍しくなかったのです。


遣唐使は630年を皮切りに、9世紀末の廃止になるまで15回におよび、一行は正使、副使以下留学生、留学僧、船員など、およそ500人が、4隻の船に分乗して出かけました。


航路は幾通りもありましたが、その一つは、沖縄列島の近海から南シナ海を横断しました。


多額の費用をかけ、海難と戦って出かける遣唐船が、全員揃って帰国した例は殆どなかったといわれています。


日本は唐の朝貢国でしたし、その義務をまもらないわけにはいかなかったのです。


文化の吸収は結果であって少くとも目的ではありませんでした。

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